「自分の壁」を越えるには、どうしたらいいのだろうか?
仕事やスポーツに打ち込んでいると、様々な壁が現れる。特に数字がはっきりと出やすい事柄については、「これ以上伸ばすにはどうすればいいのか」と悩んでしまうこともある。ただ、それらの壁を突破した時、自らの成長を大きく感じられる。
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「自分の壁」を越えるには?-男子ケイリン河端朋之選手

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今、ひとりのアスリートが、壁を打ち壊した先で新たな未来を描こうとしている。

「エンジンを使わず、自分の身体と自転車だけを用いるシンプルな戦い。シンプルだからこそ、小さな積み重ねに左右される。奥が深い競技です」

日本の競輪選手であり、自転車競技選手でもある河端朋之選手は、自転車競技の魅力をこう話す。今、2020年の東京五輪で金メダルへの期待が掛かる選手のひとりだ。

2000年のシドニー五輪より自転車競技のトラック種目において、正式種目のひとつとして追加された「ケイリン」。日本生まれの「競輪」から作られた競技であり、日本発祥のスポーツとしては、柔道以来36年ぶりに正式採用された種目である。

河端選手は「男子ケイリン」種目において、2018年アジア選手権で金メダル、2018年世界選手権に銀メダル、2018-2019UCIトラックワールドカップ第6戦香港大会でも銀メダルを獲得。東京五輪でも表彰台に近い選手として、注目されている。しかし、その道筋は、決して平坦ではなかった。

ロードバイクは学校と異なる世界を見せてくれた

画像: ロードバイクは学校と異なる世界を見せてくれた

河端選手と自転車競技の出会いは、鳥取県の工業高校時代にさかのぼる。担任の先生から勧められたことをきっかけにロードバイクに乗り始め、レースに出場するようになった。

「ロードバイクを始めてから、それまでよりもっと遠くまで行動できるようになったのが純粋に楽しかったですね。自転車は速いし、気持ちがいい。学校とは全く違う世界でした」

高校卒業後も競技を続け、アジア選手権のジュニア大会にも参戦した際に、プロの競輪選手が走る姿を目の当たりにした。その力強く、迫力ある姿に、河端選手は憧れを抱くようになったという。その後、静岡県伊豆市にある日本競輪学校の門を叩き、自らも競輪選手のキャリアへ漕ぎ出した。

プロの競輪選手としてのデビュー後も、自転車競技の全日本選手権でケイリン、スプリント、チームスプリントで三冠を達成するなど、目覚ましい活躍を見せる。しかしながら、世界を舞台とした大会では、表彰台の遠い結果が続くことになった。

世界との差を感じながら、自主的に練習を重ねる日々

画像: 世界との差を感じながら、自主的に練習を重ねる日々

自分の壁を越えるために、黙々とトレーニングを続ける日々。結果が奮わないことに、心が折れそうになる瞬間もあった。「どこかで世界との差を感じていて、いつの日か、目標がメダルの獲得よりも決勝進出になってしまっていました」と河端選手は振り返る。

河端選手の苦闘には、当時の自転車競技を取り巻く環境にも理由があった。競輪選手でありながら、自転車競技選手でもある河端選手は、その両立に頭を悩ませていた。同じように自転車を使う競技であっても、「競輪」と「自転車競技」では競技場の造りや1周の距離、傾斜角度が異なる。レースの仕組みも違うため、戦い方やトレーニングの仕方も変わってくる。

河端選手は競輪への出場の合間に、自転車競技のトレーニングを自主的に続けていた。こうした状況は、河端選手に限った話ではなかった。

「当時は日本代表選手の練習といえば短期間の合宿が中心でした。日本各地から伊豆にある自転車競技場の『伊豆ベロドローム』に集まって、代表選手は練習をします。合宿を終えると、また各地へ戻って自主的に練習を重ねていたのです」

河端選手がぶつかっていた壁は、日本の自転車競技選手の育成全体に共通する課題でもあった。転機は2016年に訪れる。その育成環境に大きな変化が起きたのだ。

敏腕コーチと共に、世界で活躍するための練習が始まった

画像: 敏腕コーチと共に、世界で活躍するための練習が始まった

2016年10月に、日本自転車競技連盟は東京五輪に向けた新体制を発表。新たに外国人コーチが起用され、「世界で活躍できるトラック短距離選手の育成」が目標として掲げられた。

起用されたのは、元自転車競技選手でもあるブノワ・べトゥ氏とジェイソン・ニブレット氏。特に、ブノワヘッドコーチはフランス、ロシア、中国といった各国でコーチを歴任し、リオデジャネイロ五輪では中国女子チームを金メダルに導いた手腕の持ち主である。

ブノワヘッドコーチは選手たちを強化拠点となる「伊豆ベロドローム」の近くに住まわせ、長期合宿を主軸にする方針を打ち出した。従来の短期合宿と自主練習を重ねる形から、トレーニング拠点が一箇所に集中されたことで、他の選手と切磋琢磨できる環境も整ったのだ。

さらに、計測機器を備えた自転車を活用したデータ分析、走り方やペダリングの映像確認など、より科学的なアプローチが採用されたことで、トレーニングの効果が格段にアップしたという。個々の強みを伸ばすような指導体制が整ったことで、選手も日々のトレーニングへの取り組み方が変わっていった。

「一本走るごとに自分で課題を持って、フォームであったり、パワーの出し方などをリアルタイムでデータをチェックしながら練習できるようになったのは大きいですね。練習環境が非常に良くなったことで、自分自身としてもより集中できるようになったように感じます」

河端選手も練習の変化について、こう話す。選手全員のタイムが縮むなど、着実にレベルが上がっていることも実感しているという。

画像: 自転車や身体に計測機器を付け、リアルタイムでモニタリングする。データサイエンスの導入によりトレーニングの効率が上がった。

自転車や身体に計測機器を付け、リアルタイムでモニタリングする。データサイエンスの導入によりトレーニングの効率が上がった。

「新体制になってからタイムも縮まって、自分に合う走り方も分かってきました。コーチと出会う以前に積み上げてきた土台があり、その上で新しいやり方を取り入れたことで、成果が上がっているのだと思います。もっと上へ行ける、と高い目標を設定でき、自信が持てるようになりましたね。気持ちも、結果も、変わってきています」

「世界とも自分の力で戦っていける!」と自信を深めた

画像1: 「世界とも自分の力で戦っていける!」と自信を深めた

伊豆ベロドロームでの練習後、和やかな空気の中で、ブノワヘッドコーチに選手強化の狙いを聞くと「私は日本へ来た時、絶対に全員で集まる必要があると言ったのです」と明かした。

「それまでの日本代表チームの練習方法は、世界から見れば遅れていると言わざるを得ませんでした。各国では25年前から常にトレーニング施設が設けられており、選手たちは一箇所に集まって練習できる環境がありましたから」

ブノワコーチは選手たちにも団結の必要性を伝えてまわった。トラック種目の個人競技に参加する選手であっても、伊豆を拠点として「チーム」を編成していくことが不可欠であり、それこそが日本代表チーム全体のパフォーマンスを上げるための必須条件だと考えていたからだ。

画像2: 「世界とも自分の力で戦っていける!」と自信を深めた

「ただ、選手には強制的にではなく、自由にチームへ加わる機会を与えました。チームの中で、お互いが必要であることに気づくというのもトレーニングの一環だと考えています。集まり、分かち合い、一緒に経験することに喜びを感じるようになるのです。家族のように、喧嘩や困難があっても一緒に乗り越えていく。最も大切なのは、共にトレーニングするのが楽しい環境であることです。そして、それを今の日本代表チームは作れている。私たちにとっての長所と言っていいでしょう」

新たなる長所を活かし、サポート体制の整った環境下で、選手は東京五輪を見据えてペダルを踏み続ける。その過程で得た自信は、選手たちのマインドも変えているようだ。

河端選手は「世界と自分の力で戦っていけると捉え方が変わった」と語る。ブノワコーチも「目標を達成するための能力は十分にある。それだけの準備もしているので、世界で勝てないことへのコンプレックスも徐々に克服していけている」と応えた。そびえ立っていた「個人の壁」を「家族のようなチーム」での切磋琢磨とそこで生まれた自信によって乗り越えつつあるのだ。

日本の、自転車競技の、次なる未来へ

画像: 日本の、自転車競技の、次なる未来へ

目前に迫りつつある東京五輪は、チームにとっても表彰台に手のかかった大一番だ。また、自転車競技のことを、多くの人に知ってもらう大きな機会でもある。さらには、自転車競技や子どもたちの未来にもつながっていく。

河端選手は「僕は高校生から自転車競技に取り組みました。でも、海外では子どもたちが競技用バンクで練習している光景をよく目にします。たとえば、強豪国のオーストラリア遠征中に、小学生がふらっとやって来て、僕らが練習したあとのバンクで走っていました。日本よりも自転車競技そのものに馴染みがあるのは、外国勢にとって強さの一因だと思いましたね」と自身の体験を語った。

しかし今、日本代表チームは外国勢とも互角に渡り合うほどの進化を見せている。彼らが活躍する姿を見せることは、未来の選手を目覚めさせるきっかけにもなり得るだろう。10代の河端選手が、力強く迫力ある走りを見せた競輪選手に憧れを抱いたように。

そして、自転車競技の魅力がさらに広まっていくことで、後進を育成するための環境づくりも一層進んでいくことだろう。選手のたゆまぬ努力と、支援体制が合わさることで、自転車競技の未来像はさらに描き直されていく。未来の日本では、河端選手がオーストラリアで目にしたように、幼い頃から自転車に親しむ姿がもっと見られるようになるかもしれない。

2020年東京五輪での勇姿は、自転車競技の人気がさらに広がっていくことにもつながるはずだ。今、彼らがペダルを踏む先から吹く風が、次世代のサイクリストを導いている。

公益財団法人JKAは、競輪・オートレースの売上金の一部で、
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