そこで今回は、オートレーサーの角南一如選手が補助事業者のもとを訪問。自分たちの活躍によって生まれた売上の一部がどんな風に社会の役に立っているのか?その答えを探りに行きます。
2023年10月某日。角南選手が訪れたのは、信州大学先鋭領域融合研究群 バイオメディカル研究所。現役オートレーサーと大学の研究所……少し意外な組み合わせに感じるかもしれませんが、大学は理系学部出身だという角南選手。「何だか懐かしい感じがしますね」と、研究所へ向かいます。
「こんにちは」と、迎えてくれたのは西村直之教授。彼が取り組む「“感覚”を伝える筋電義手」の研究こそが、競輪とオートレースの補助事業のひとつです。
指を動かし、触れたものを感じる喜びをもう一度
筋電義手とは、人間が筋肉を動かす際に発生させる微弱な電流を活用した義手のこと。日本で多くの方が使用する能動義手にはできない、「ものを掴む」「指を動かす」といった細かい動きが可能です。
しかし、現在の日本の技術では、筋電義手を使って「どんな硬さのものを掴んでいるか」「掴んでいるものがどのぐらいの温度か」といった「感覚」を得ることまではできません。
そうした現状を変えたいと、西村教授は筋電義手に特殊なセンサーを取り付け、義手を操作する動きの感覚を電気信号として人体に伝える研究を進めています。
「私たち健常者は、手で掴んだものの硬さや温度を指先の感覚で判断していますよね。しかし、義手で生活している人はそれができません。従来の筋電義手は、リハビリを重ねれば蝶々結びができるようになるなど、さまざまな動作が可能ですが、“触れる感覚”まで得られません。でも、“触れる感覚がある”というのは人間にとってかけがえのない喜び。何とかその感覚を取り戻せないかと、この研究をスタートしました。健常者と100%同じ状態にするのは難しいかもしれませんが、義手を使う人たちが少しでも日常生活で触れる感覚が得られるよう、日々挑戦を続けています」と、西村教授。
「もう二度と取り戻せないだろう」そう思っていたはずの感覚を、義手を通じて再び得ることができたら……それは、病気や事故で手や腕を失ってしまった人たちにとって、どれほど大きな喜びなのでしょうか。
硬い、柔らかい、温かい、冷たい……震動から感じ取るそれぞれの感覚
西村教授は筋電義手の仕組みについて説明しながら、角南選手へ「装着してみませんか」と促します。
筋電義手を片腕に取り付け、センサーを二の腕に貼り付け……角南選手は、硬い素材のボールと柔らかい素材のボールを実際に掴んでいきます。
「柔らかい素材の方はあまり震動が伝わってこなかったのですが、硬い素材のボールを掴んだときはモーターがすごく震動しました!」
そう言って、震動を通じて「ものの硬さ」を感じ取る角南選手。「水風船を掴んだらどんな感じになるのでしょうか?」「生卵を割るときは繊細な手の動きが必要ですが、その加減などもわかるようになれば素晴らしいですね」など、さまざまな質問や感想を西村教授へ投げかけます。
その後も、さまざまな重さや硬さのものを掴もうと挑む角南選手。その表情は真剣そのものでした。
さらに西村教授は、筋電義手を通じて触れたものの温度が伝わるような研究データについても話してくれました。こちらはまだ人体で試すことはできないため、パソコン上でモニターを見ながら仕組みを説明してもらいます。
「ここにある筋電義手は、見ての通りメカニックな部分がむき出しの状態。義手と言うより、マシンですよね。将来的には、もっと人間の手に近いかたちにしたいと考えています。私が研究に携わっている間にすべて完成するのは難しいかもしれませんが、指まで再現できるくらいまでは進化させたいですね」と、西村教授。
この研究がうまくいけば、きっと、たくさんの人たちの人生に喜びと感動を届けられるはず。西村教授の話を聞いて、角南選手は「義手に対するイメージが大きく変わりました」と話します。
レースをすることで生まれる社会貢献。その現場を知ることが、選手の活力に
「補助事業があることはもちろん知っていました。でも、自分たちが走るレースがどんな風に社会へ貢献しているかを知る機会は、あまりありませんでした。ときどき、ロゴマークが入った福祉車両を見かける程度でしょうか。だから今日、西村教授のお話を聞けて本当に良かったです。自分たちの活動がどんな風に役立っているかを詳しく知ることができましたし、改めて身が引き締まる想いですね。僕にできることは限られているかもしれませんが、レースを走ることで、応援させてください」
「100回挑戦して成功するのは数回程度。しかし、挑戦し続けなければ理想を現実にできないが研究は資金がなければできません。補助事業が活用できることは、研究の大きなチカラになる。こうして研究を進められているのは、補助金があるからです。資金がなければ、私はこの研究を始めることさえできなかったでしょうね。今日はお会いできて良かったです。ありがとうございました」
筋電義手の操作に戸惑う様子や、同じ岡山県出身という同郷ネタで盛り上がりながら自然な笑顔を見せてくれた角南選手。レースを走るときとはまた違った一面を知ることができました。
筋電義手に関する課題はまだまだたくさんあります。世界と比較したときの日本国内の筋電義手普及率の低さや、研究予算を得ることの難しさ……西村教授が目指す未来を叶えるため、義手を使う人たちの生活をより豊かにするため、私たちは何ができるのか。今後も考え続けたいものです。
競輪とオートレースの売上の一部を用いて、
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