「受け身の姿勢を大切にしています」と社会応援ネットワークの代表理事、高比良美穂さんは言う。“受け身”だからこそ、多様な子ども・学校のニーズに応えられてきたと感じているからだ。2011年、東日本大震災をきっかけに法人を設立。学校現場とさまざまな専門家や個人・団体をつなぎ、心のケアや防災、多様性を題材とする授業やメディアを企画してきた。2022年3月、そんなメンバーの姿が宇都宮市立中央小学校の体育館にあった。ブザーを合図に始まったのは、車いすバスケの体験試合——。
画像: 頑張る誰かを応援するには?― 一般社団法人 社会応援ネットワーク www.youtube.com

頑張る誰かを応援するには?― 一般社団法人 社会応援ネットワーク

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子ども時代の多様な出会いをつくる

2022年3月下旬、宇都宮市立中央小学校で車いすバスケの体験授業が開かれた。講師は湘南スポーツクラブ車いすバスケットボール体験講座隊の4人。選手たちのデモンストレーションを経て、5年生41人が競技用車いすの操作を体験し、その後はクラス対抗戦に臨んだ。

画像: 子どもたちにプレーを見せる選手たち

子どもたちにプレーを見せる選手たち

競技用はもちろん、車いすに乗るのも初めてという子どもがほとんど。「自分にできるのだろうか」——。そんな子どもたちの不安は、試合が始まるとすぐに熱気に変わった。プレーのたびに歓声が上がり、試合後には「パラリンピックの試合を見た。体験できてうれしかった」「もう一度やりたい」といった感想が飛び交った。

画像: 競技用車いすを操作する子どもたち

競技用車いすを操作する子どもたち

画像: 操作に慣れた後はクラス対抗試合

操作に慣れた後はクラス対抗試合

この日は終業式の前日。新型コロナウイルスの感染拡大で、4度延長になった末の授業だった。

担任の一人、舘岡雄太さんは「今年度も距離を保っての個別の勉強が多い1年でした。普段はおとなしい子どもたちですが、きょうはすごく盛り上がっていました」と話す。試合の後、選手たちの話を聞く子どもたちの表情が印象的だったという。

「『僕らも普通でしょ?』という(選手の)言葉に子どもたちが『うん、うん』とうなずいていて、やはり実際に会うことは、我々教師が教える何十倍、何百倍もの価値がある。こうした機会をいただきありがたいです」

画像: 子どもたちの質問に答える湘南スポーツクラブのメンバー

子どもたちの質問に答える湘南スポーツクラブのメンバー

画像: 子どもたちは真剣な表情で選手たちの話を聞いていた

子どもたちは真剣な表情で選手たちの話を聞いていた

授業は、社会応援ネットワークがJKAの支援を受けて企画した「多様性プロジェクト」の一環。「すべての子どもたちが個性を生かせるように」と車いすバスケやブラインドサッカーの選手や演奏家、ダンサーなど、さまざまな分野で活躍する人を招き、全国各地の学校で体験授業を実施している。

社会応援ネットワークの代表理事、高比良美穂さんは言う。

「社会にはいろいろな人がいる。『みんな違って当たり前』という中で育てば、“多様性”をうたうまでもなく、差別をする側にはならないと思う。多様性プロジェクトは、子ども時代の多様な出会いをつくる事業です」

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学校と“プロ”をつなぐ

社会応援ネットワークは、学校現場とさまざまな専門家や個人・団体をつなぎ、さまざまな授業やメディアを企画してきた。

初めは2011年、災害後の心のケアを特集した『がっこう応援便り 復興支援号』を岩手、宮城、福島各県の小中学校約450校に向けて発行した。その後は防災教育に力を入れ、『防災手帳』360万部を全国の小学校に配った。LGBTQ+への理解を広げるための本の編集・出版もした。教職をめざす学生向けのコミュニティー誌『EDUPONT』(エデュポン)や若者応援マガジン『YELL』(エール)も創刊。2019年からは「共生社会の実現」を掲げ、学校でのパラスポーツ体験の出張授業も始めている。

こうした多様な企画は“受け身”で生まれたものだと高比良さんは言う。

「学校でお話を聞く中で出てきた『いま困っていること』について、皆さんの代わりに専門家に聞きに行ったり、つないだりしてきました」

画像: 社会応援ネットワークの代表理事、高比良美穂さん

社会応援ネットワークの代表理事、高比良美穂さん

そして2020年、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて真っ先に取り組んだのが「心のケア」だった。「経済格差の教育への影響が鮮明に出た」と高比良さん。保護者や教職員からの相談がいくつも寄せられるようになっていた。

JKAの緊急支援を受けて取り組んだのは、保護者や教職員から受けた相談に応える特設サイト「こころの健康サポート部」の開設。ストレスへの対処法を学べる動画教材も制作し、学校と連携して授業も実施している。

心のケアの事業を監修している兵庫県立大学教授の冨永良喜さんによれば、新型コロナウイルスは、子どもたちの心にも強いストレスを与えているという。

画像: 冨永良喜さんは2011年から、社会応援ネットワークと連携して心のケアに取り組んでいる

冨永良喜さんは2011年から、社会応援ネットワークと連携して心のケアに取り組んでいる

「日本の学校教育では中学3年生になるまで感染症について学びません。マスクや手洗いがなぜ必要なのかを教えられていないんです。ストレスで心が傷付くこともカリキュラムにない。社会応援ネットワークの事業では学校のニーズに合わせ、感染症やストレスの解消法を学べる動画をすぐに作ることができた。広く使ってもらいたいです」

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きっかけは「子ども応援便り」

社会応援ネットワークの活動は、代表の高比良さんの活動から始まっている。

高比良さんは朝日新聞社勤務を経て、2002年にメディア専門のコンサルタントとして独立。さまざまなメディアの創刊や改革に携わる中で、2006年に学校教育の課題を取り上げる非営利のメディアを立ち上げた。教職員の人件費を支えていた「義務教育国庫負担金」が削減され、公教育のあり方が問題になっていた時期だった。

それが「子ども応援便り」。日本PTA全国協議会や全国市町村教育委員会連合会など国内23団体の連名で年2回ほど各号数百万部を発行し、加盟団体を通じて全国の小中学校に届けている。「すべての子どもたちが自由に夢を描ける社会に」を掲げ、最新の教育課題についての特集を載せている。

中でも好評なのが、表紙インタビュー。大谷翔平さん、大野智さん、吉岡里帆さんといった著名人から「子どもたちへの応援メッセージ」を聞き取ってきた。

画像: これまでの表紙は子どもたちの憧れの人が飾ってきた

これまでの表紙は子どもたちの憧れの人が飾ってきた

「子どもや保護者が一番話を聞いてみたい人をアンケートで募集して、話を聞きに行っています」と高比良さんは言う。

「『この人の話を聞きたい』と書いたことが次の号でかなっている、というのも小さな夢の実現の体験。ちょっとでもアクションを起こせば、かなうこともある。子ども応援便りの理念の一つです」

画像: 子ども応援便りが社会応援ネットワーク設立のきっかけとなった

子ども応援便りが社会応援ネットワーク設立のきっかけとなった

転機となったのが、2011年の東日本大震災だった。

高比良さんら子ども応援便りの編集部も現地に入り、避難所となっていた学校で子どもたちや教職員を取材した。そこで「心のケア」の必要性に気づいたという。

画像: 被災地で聞き取りを進める高比良さん(社会応援ネットワーク提供、2011年4月撮影)

被災地で聞き取りを進める高比良さん(社会応援ネットワーク提供、2011年4月撮影)

2011年の5月、ある学校を訪ねた時のことだ。

「校長先生から校長室でお茶でも飲みませんかと招かれたんです。その校長先生が、こちらが聞く前にそれまでの2カ月間のことをずーっと語られて。『子どもたちや教職員の前では気丈にしてたんだけど、実はいっぱいいっぱいでした』と」

「校長がスクールカウンセラーに相談していたら、周りの人が心配するでしょう。でも、あなたたちは記者だから、誰にも言えなかったことが言える」とその校長はほっとした表情を見せた。高比良さんは「ただ話を聞くことが心のケアになるんだ」と感じたという。

画像: 被災地での取材は継続的に行っている(社会応援ネットワーク提供、2012年10月撮影)

被災地での取材は継続的に行っている(社会応援ネットワーク提供、2012年10月撮影)

「それから、大人にも子どもにもいろいろな話を聞いて回り始めました。ただただ聞いていると、少しずつ本当の思いが出てくる。仲良い子とけんかしちゃったとか、こんなことに困っている、とか」

そして、被災地の子どもたちに応援メッセージを届けようと子ども応援便りの号外を発行した。その後も被災地支援を続けるために、子ども応援便り編集部の有志で同年に設立したのが「社会応援ネットワーク」だった。

「被災地で、この話聞いて、これ撮って、と言われるままに記録を取り始めたのが最初。会話の中に一番の『いま困っていること』があると気づきました。その中にある、行政の“支援”から漏れてしまったり、相談場所が分からなかったりするニーズを拾っていく。これがいまの私たちの立ち位置です」

画像: 「子ども応援便り」から始まった社会応援ネットワークはさまざまな冊子を作成してきた

「子ども応援便り」から始まった社会応援ネットワークはさまざまな冊子を作成してきた

そのためにできることが、メディアや授業を通じた“応援”なのだという。

“応援”は、被災地を歩く中で見つけた言葉だ。「困っている人に、『頑張れ』は言えないんですよ」と高比良さんが言葉を足す。

「被災地を歩いていて、『頑張って』が言えなくなっちゃった。これは違うなって。この人たち、頑張っているから。『見守ってるよ』も違うなと考えていて、ふと『応援してるから』が口から出た時、『うれしい』って反応が返ってきた。応援はその人の立ち上がる力を信じている言葉。困っている人を孤立させない言葉。だから、“応援”なんです」

保健室のような存在でありたい、と高比良さんは言う。病気が重くなる前に、ちょっと立ち寄って相談できる存在。「正解」は見えなくても、一緒にヒントを探せるから。築いてきたつながりで、そっと背中を押せるから。

画像: きっかけは「子ども応援便り」

※撮影時のみマスクを外すご協力を得て撮影を実施しています。

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