「全てのものはデザインされている」——。NPO法人DeepPeopleの理事長、牧文彦さんは言う。モノだけではなく、社会の仕組みもそうだ。だからこそ、さまざまな社会の課題に対し、解決方法をデザインしてきた。環境、障がいと雇用、学生の就職活動……。コロナ禍では「フードスマイリング」事業を始め、全国の困難にある食の生産者と子ども食堂、子どもたちをつないだ。では、DeepPeopleはどんなデザインを生み出してきたのだろうか。問題解決のデザインを学ぶDeepPeopleのフリースクール「未来価値創造大学校」からのぞいてみたい。

社会を変える「デザイン」とは?ーNPO法人DeepPeople

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「デザインには意味がある」

「全てのものはデザインされています」

2023年3月のある夜、大阪市内のビルの3階、DeepPeopleの事務所の一室で、牧さんは参加者にそう語り掛けた。手には白紙のA4用紙が1枚。半分に切って、また半分、さらに半分に切っていく。何度半分にしても、縦横の比率は同じ。紙として使いやすい比率が「デザイン」されているからだ。

「着ている服もアクセサリーも、デザインされていますね」と牧さんが続ける。

「デザインには絶対に意味があります。『社会の仕組み』もそう。なぜ家は建つのか、なぜ車は走るのか。なぜそれが必要とされ、なぜその形になっているのか。このことを考え、理解することが生きていく上で大切なことです」

未来価値創造大学校の授業はこうして始まった。この日は、堺市に住む中学1年生の平井恒成さんと小学生の弟、多亮(たすけ)さんが出席。講義の後は、それぞれのプロジェクトに取り組んだ。

自分のプロジェクトの資料を作る平井恒成さん=手前。スタッフが寄り添って学びを進める

「学ぶ内容もカリキュラムも、決めるのは自分自身です」と話すのは、DeepPeopleのプロジェクトディレクター、中尾榛奈さん。

未来価値創造大学校は、DeepPeopleが2017年につくったフリースクール。中でも「アドベンチャーコース」と名の付いたこの授業は、毎週1回90分、スタッフらとの対話を重ねながら、自ら設定した課題の解決を目指す。

プレゼンテーションの練習をする平井恒成さん

兄の恒成さんが考案したのは、「みんなで町をきれいにしよう。Love town」というスマホアプリだ。恒成さんによれば、ある時、大好きなまちに多くのゴミが捨てられていることに気が付いた。ゴミ箱を増やせば道端のゴミは減るかもしれないが、費用がかかるし、そもそもゴミ箱に捨てない人もいる。一方、自分がゴミを捨てないのは、まちのことが好きだから。

「まちのいいところ」を知ったり、地域につながりがあったりすれば、まちを愛し、ゴミを捨てなくなるかもしれない。コロナ禍では直接の交流は難しいため、オンラインで「いいところ」を発信し合えたり、必要なものを物々交換したりできるアプリのアイデアを考えたという。

恒成さんはこうしたアイデアを、SDGsの達成に向けたアイデアを募集する「関西SDGsユースアクション」で発表。2021年度の小学生の部で優秀賞を受けた。中学生になった2022年度は、まちの魅力や環境問題について遊びながら考えるボードゲーム「Love townスゴロク」を開発。川西市内の百貨店のイベントなどで披露してきた。

Love townスゴロクはSDGs関連のイベントでも披露されてきた(提供:DeepPeople)

約3年の活動を通じて、「自分で考える力が付いてきた」と恒成さんは言う。未来価値創造大学校の90分間の授業中も、「考えること」が楽しそうだ。

「最初は牧さんが一緒に考えて、いいアイデアをめっちゃ引き出してくれた。最近では自分だけで考えられるアイデアも増えてきました」

ここで自信が付き、「音楽の授業で大きな声で歌えるようになった」と言う

「課題解決」を持続可能な仕組みに

「『デザイン』と聞くと、かわいいもの、きれいなものを思い浮かべるかもしれませんが——」と中尾さんは言う。

DeepPeopleのプロジェクトディレクター、中尾榛奈さん

「私たちが考えているデザインは、見た目だけでなく、それを作る最初のところが重要です。『課題』はなぜ起きているのか。どう解決していくのか。筋道を立てて考えていくプロセスの全てが『デザイン』だと考えています」

未来価値創造大学校の仕組みにも「デザイン」がある。

例えば、授業料。「払える範囲」とされている。それは、子どもや経済的に余裕のない家庭でも学びやすくするためだ。足りない予算は、企業向けの研修や大学での授業で集めたお金で補填する仕組みにした。一方、無料にしないのは、「自分で払っている、という責任感を持つため」だという。

「DeepPeopleはより良い社会を築くために、小学生から大学生、そして企業の方々に向けた教育活動を行っています」と中尾さん。

「社会にある全ての課題を一団体だけで解決するのは難しい。そこで、同じように社会課題を解決していく人を育てること、特に、それが持続可能になるための仕組みをデザインすることが、私たちのできるところかなと思います」

「OKURIN」から始まった

DeepPeopleは、環境問題や障がい者就労、貧困状態にある子どもの自立支援、留学生支援など、幅広い社会課題をデザインの力で解決するソーシャルビジネスに取り組むNPO法人だ。始まりは2007年、デザイナーでもある牧さんが受け持っていた大学のゼミで、デザインで社会課題を解決する商品の開発に学生たちと取り組んだことだった。

過剰包装の解決策として学生たちが考え出したのが、再利用できるラッピング「OKURIN」。布製の入れ物で、郵送用のタグをつけることでそのまま発送することもできる。

さらに、製造は障がいのある人たちが担当。それぞれの「できること」を生かした分担で、賃金の向上にも貢献した。環境問題、障がいのある人の雇用、そして、学生の教育……さまざまな課題をつないで解決しようと誕生したのがOKURINだ。

OKURINはさまざまなサイズがある。リバーシブルで、裏返すと白いOKURINになる

ただ、大学のプロジェクトでは制限があるため、ビジネスにするために立ち上げたのがDeepPeopleだった。「OKURIN」のプロジェクトが一段落した頃、DeepPeopleに加わったのが中尾さんだ。「社会課題をビジネスで解決することに関心があった」といい、大学卒業後の就職先にDeepPeopleを選んだ。牧さんの元で働きながらデザインを学びつつ、DeepPeopleの事業を広げていった。

まず取り組んだのが、大阪府から受託を受けたインターンシップ事業。ただインターンシップを紹介するのではなく、企業から課題を聞き、大学生がその課題の解決を探る仕組みにした。毎年50人ほどの学生が参加し、学生にも企業にも人気の事業となった。

スタッフと打ち合わせをする中尾さん

そのほか、企業と福祉事業所をつなぎ、働きがい・やりがいも高めていけるソーシャルビジネスモデルを後押しする「福祉未来価値創造大賞」をつくったり、SDGsについて企業と考えるインターンシップを考案したり、さまざまな事業を展開してきた。

多岐に見えるDeepPeopleの事業だが、共通しているのは「つなぐ」ことだ。「『一つの課題に特化していない』というのがDeepPeopleの特徴」と中尾さんは言う。

「事業を継続する中で、困りごとを聞いた時、『あの団体なら解決できる』『あの人に聞けばつながる先が分かる』と思いつくようになった。すぐにつなぐこともできるし、足りないものを明らかにして、それを補える人とつなぐこともできる。そういうデザインをできることが強みです」

DeepPeopleは「つなぐ」ことでさまざまなプロジェクトに取り組んできた

コロナ禍で発揮された「つなぐデザイン」

「つなぐ力」は2020年からのコロナ禍でも発揮された。

競輪とオートレースの補助事業を受けて取り組んだのが「フードスマイリング」事業だ。「食の生産者と子ども食堂をつなぎ、笑顔の輪を広げていく事業」と中尾さんは説明する。

「余っている食べ物と困っている子どもたちをつなぐにはどうするのか。それを考えてデザインしたのがフードスマイリングです」

中尾さん(左)はこれまでのつながりを活かしてフードスマイリング事業に取り組んだ

コロナ禍で食料を得ることが難しくなった家庭があった一方、外出の自粛による外食産業などへの影響で、食料が余ってしまう生産者が増えた。地域の子ども食堂を通じて両者をつなぐ農林水産省の事業をDeepPeopleが受託。さらに、この時できたつながりを生かして始めたのが「フードスマイリング」だ。

福祉事業所などの生産者から食材を買い取り、それを全国の子ども食堂へとつないだり、稲刈り体験などの食育事業も実施したりしてきた。2022年度は58の子ども食堂に計116回食材を送り、食材の提供を受けた子どもたちは4657人にも上った。

「つなぐ力」を生かし、コロナ禍で始めたのが「フードスマイリング」事業

2023年3月、取材に向かったのは、大阪市内にある淡路子ども食堂。以前はみんなでお弁当を食べていたが、コロナ禍になってからは、月に1度の開所日にお弁当や食材などを配っている。

この食堂を主催する蔭山力雄さんは「子ども食堂はご飯を食べることだけが目的ではなく、学校や家とは違う第3の居場所、気楽に何でも話せてストレス解消できるような場所づくり」だと言う。そんな子ども食堂の運営にとって、食料を提供してくれる中間支援団体の存在は不可欠だという。

蔭山力雄さん

「例えば全国展開する団体のほうが食料の量は集まりますが、そこから個別の子ども食堂に物資を届けることは難しい。その間を取り持つ、DeepPeopleさんのような中間支援団体はなくてはならない存在だと思います」

淡路子ども食堂には大勢の人々が詰めかけていた

提供する食料の中でも特に人気なのが、DeepPeopleが関係を深めていた社会福祉法人「青葉仁会」が作るレトルトカレーだ。

中尾さんは言う。

「障がい福祉の分野でおいしい食を作っている方々が売り先に困っていました。思いを込めて作られた食を子どもたちに届けたい、と始めたところ、『おいしい』『次も食べたい』という声をいただけてとてもうれしいです」

「デザイン」は次の世代へ

さまざまな事業を通じてDeepPeopleが培ってきたデザインを、次の世代に伝えるため、2017年に設立したのが、冒頭で紹介した未来価値創造大学校の授業だ。

ある小学生は飲食店で働く父親の話から、食べ残しの問題に気が付いた。考えた末にできたのが、楽しく食品ロスを学べる「食べ残しNOゲーム」というカードゲーム。製品化され、学校の授業などでも活用されている(提供:DeepPeople)

ゴミのポイ捨て問題に取り組んでいた恒成さんは、今度は食品ロスの問題に焦点を当て、新たなアイデアを開発中。授業の中で、発表大会に向けたプレゼンテーションの練習も行った。

母の直子さんによれば、ここに通うようになって、自分の意見をはっきり言うようになったという。「ここでは、よく(恒成さんの話を)聞いてくれるんです」と話す。

「例えば、何の教科が好きなのって。算数が好きです、と答えると、『算数が好きなんだ』とまず認めて。『なんで算数が好きなの?』と。答えを一つ出した後で、何でだろう、何でだろうってたくさん聞いてくれる。一つ一つ答えていくうちに気付きが生まれて、自信になっていく感じです」

「こちらから教えるだけではなく、その子が何に興味・関心を持っているのかを引き出す。その子のアイデアを実現するサポートをやっています」と中尾さんは言う。

「DeepPeopleの設立目的の一つが、社会課題を解決していく人を育てること。この未来価値創造大学校を通してそういう人を育て、多くの人が幸せに暮らせる社会を目指したいと思っています」

中尾さん自身が、牧さんからのバトンを受け取った一人だ。積み重ねてきたデザインで、着実に変わってきたことがある。つながりは年々増え、なにより、「デザイン」を学ぶ若い世代がいる。だから、DeepPeopleは伝え続ける。デザインは世界を変える力を持っていることを。

※撮影時のみマスクを外すご協力を得て撮影を実施しています。